会社の新たな指針が明らかとなり、1972年に初代Audi 80(B1シリーズ)が発売されました。この車には新世代のOHCエンジンや走行性を安定させるスクラブ半径など、輝かしい新技術が搭載されていました。第1世代の生産が終了するまでに、実に100万台以上の車が製造されました。

1974年、ルートヴィヒ・クラウスの後任としてフェルディナンド・ピエヒが技術開発責任者として任命されました。この「ピエヒ時代」に、アウディは非常に革新的な自動車メーカーへと変貌を遂げました。また、アウディのブランドとしての地位もこの時期に徐々に向上していきました。5気筒エンジン(1976年)、ターボチャージャー(1979年)、およびクワトロ4輪駆動(1980年)などの技術がこの時代の成功を雄弁に物語っています。

アウディの代名詞quattro

history_640x360_quattro.jpg
1980年3月にジュネーブモーターショーでデビューしたアウディクワトロは、アウディブランドの位置づけが世界の舞台において飛躍的に進歩したことを表すものとなりました。それは正に、「Vorsprung durch Technik(技術による先進)」という表現が文字通りに当てはまる瞬間でした。パーマネント式の四輪駆動とマニュアルでロック可能な2つのディファレンシャルによる優れたトラクションにより、アウディクワトロは滑らかな路面や凍結した路面でも完璧な性能を発揮しました。

アウディのその後の進歩は、広範囲に及ぶ技術の革命によって実現されていきました。フルに亜鉛メッキを施したボディ、最も優れた空力特性を持つサルーン、ターボチャージャー付きガソリンエンジンの拡大、経済的な直噴ディーゼルエンジンの開発、アルミボディ、初のハイブリッド車、直噴ガソリンエンジンや8気筒および12気筒エンジンを搭載した高級車の製造。これらはプレミアムカーのメーカーとしてアウディブランドが進化を遂げてきたことを証明する革命のほんの一部です。

  • history_640x360_aluminumbody.jpg
    1991年 世界で初めてアルミ二ウムボディを生産
  • history_640x360_tfsi.jpg
    2001年 TFSIエンジンを導入
  •